入居者が退去後、原状回復費用に関するトラブルが発生することがあります。たとえ敷金を多めに預かっていたとしても、借主が原状回復を拒否すると、問題が大きくなるリスクがあります。
そのようなトラブルを防ぐために役立つのが「敷金償却」です。通常、借主は敷金が返金されると思いがちです。そのため、原状回復費用として敷金から差し引かれると、不満を感じることがあります。しかし、敷金償却の特約を事前に設定しておけば、決められた金額を敷金から差し引くことができ、トラブルを回避しやすくなります。
そこで今回は、敷金償却の概要や会計処理、仕訳方法、そして注意点について詳しく解説します。
敷金償却とは?
まずは、敷金償却の意味を中心に、次のポイントを詳しくご紹介します。
- 敷金償却とは敷金が返金されない賃貸物件の特約
- 関東と関西で違いがみられる
- 敷金償却と礼金の違い
- ペットがいると敷金償却はどうなる?
敷金償却とは敷金が返金されない賃貸契約の特約
敷金償却とは、賃貸契約時に預けた敷金を返金しないという特約です。敷金は通常、家賃の滞納や原状回復に備える担保として預けるもので、退去時に問題がなければ返金されるのが一般的です。家賃を滞納せず、原状回復も不要な場合、敷金は全額返金されます。
しかし、敷金償却の特約がある場合は、原状回復が不要でも、敷金の一部や全額が返金されないことがあります。退去時には、契約で決められた金額を差し引いた額が返金される仕組みです。
関東と関西で違いがみられる
敷金償却には、関東と関西で名称や金額に違いがあります。
関東では「敷金」という言葉が使われますが、関西ではこれを「保証金」と呼び、「敷金・礼金」と表記される代わりに「保証金・敷引」と書かれることが多いです。関東での「敷金償却」は、関西では「敷引」と同じ意味になります。
関西で敷引を結ぶ場合、保証金から家賃の2~4カ月分が敷引として差し引かれることが一般的です。一方、関東では敷金償却を結んでも敷金の額が比較的低いため、差し引かれる金額も少なくなります。
敷引の差し引き額が大きいことに不満を感じる人もいますが、これはあらかじめ退去時の原状回復費用として設定されたもので、法的には問題ありません。
敷金償却と礼金の違い
契約時に支払って返金されないお金として「礼金」もありますが、敷金償却とは性質が全く異なります。
礼金は、物件を貸してくれたことへのお礼として大家さんに支払うもので、退去時や原状回復には関係ありません。一方、敷金償却で差し引かれる「償却金」は、原状回復費用に充てられるお金です。
また、支払いのタイミングも異なります。礼金は契約時の初期費用として支払いますが、償却金は退去時に敷金から差し引かれます。
ペットがいると敷金償却はどうなる?
借主がペットを飼っている場合、敷金や償却金を高めに設定することがあります。これは、ペットによるニオイや傷、汚れがつきやすく、原状回復費用が増える可能性があるためです。もちろん、ペットがしつけられていたり、借主がきちんとしたマナーを守っていたりする場合、修繕費用が少なく済むこともあります。
ただし、貸主にとってはあらかじめ高めの金額を設定しておく方が安心です。退去時のトラブルを防ぐためにも、敷金償却を結んでおくことが推奨されます。
また、飼っているペットの種類や頭数に応じて敷金を調整するのも効果的です。具体的には、通常の敷金に加えて家賃1カ月分を上乗せするケースがよくみられます。
敷金が足りない場合に追加請求は可能?
退去時に、初期費用として支払われた敷金だけでは原状回復費用が賄えないことがあります。この場合、追加で原状回復費用を請求することが可能です。たとえ敷金償却の特約があった場合でも、償却金の範囲内で不足が出れば、追加請求ができます。
また、原状回復費用を2回に分けて請求しても、二重請求には当たりません。さらに、契約書に「償却金は原状回復費に充てる」と明記されていない場合は、原状回復費用を全額を別途請求することも可能です。ただし、この点は誤解されやすいため、契約時に借主へ十分に説明しておくことが重要となります。
敷金償却の会計処理や仕訳
敷金償却は二重請求にならないため、安心して特約を付けられます。しかし、敷金償却を付ける場合、会計処理や仕訳方法が変わってくるため、それらもしっかりと理解しておくことが大切です。
ここからは、次のポイントについてそれぞれ詳しくみていきます。
- 敷金償却に対する消費税について
- 敷金償却の勘定科目について
- 敷金償却の会計処理方法について
敷金償却にかかる消費税について
敷金償却に消費税がかかるかどうかは、物件が居住用か事業用(店舗や事務所)かによって異なります。居住用の賃貸物件では償却金は非課税ですが、事業用の賃貸物件では課税対象です。
具体例をみてみましょう。
項目 | 内容 |
---|---|
物件の種類 | 事業用(店舗や事務所) |
月額家賃 | 25万円 |
契約期間 | 2年間 |
敷金 | 100万円(家賃の4カ月分) |
償却費用 | 25万円(家賃1カ月分) |
この例では、25万円の償却費用(家賃1カ月分)が消費税の課税対象です。契約時に償却費用を設定しておけば、これが事前に決まった費用として認められます。帳簿には、「長期前払費用」として消費税込みの金額を記載しましょう。
消費税込みの償却費用を計算する式は次のとおりです。
長期前払費用 = 償却費用 × 消費税率 + 償却費用
上の例の場合は以下となります。
25万円 × 0.1(消費税率)+ 25万円 = 27万5千円
なお、敷金のうち返金される部分は課税対象外です。
敷金償却の勘定科目について
事業用建物では償却金に消費税がかかりますが、勘定科目は住宅用建物と同じです。敷金償却に関する勘定科目は次のように整理されます。
- 敷金を預かっているときは「預り金」
- 敷金を返金するときは「現金又は預金」
- 償却金が決定した部分「売上」
敷金を返金する予定で預かっている段階、つまり敷金償却の特約がない場合や、償却金がまだ決まっていない場合は「預り金」として仕訳します。償却金が確定した場合、その金額は大家さんの利益となるため、「売上」として計上します。
敷金償却の会計処理方法について
先述のとおり、償却金は「大家さんが自由に使えるお金」とみなされるため、勘定科目は「売上」として扱います。会計処理では、償却金が決定したタイミングでその「売上」を収益として計上します。
収益計上のタイミングは敷金を返金しないことが確定した時点で行うのが一般的で、そのタイミングには次の3つのケースがあります。
- 賃貸借契約の締結時に償却金が決まるとき
- 契約期間の経過とともに償却金が決まるとき
- 賃貸借契約の期間が満了した後に償却金が決まるとき
例えば、「償却金は2年間で償却される」という決まりがある場合は、次のように分割して収益を計上します。
(例)敷金16万円、償却金16万円のケース
- 敷金を預かっているとき:「預り金:16万円」
- 償却時1年目:「売上金:8万円」
- 償却時2年目:「売上金:8万円」
償却期間が2年間なら2年に分けて、3年間なら3年に分けて収益を計上するという方法で処理します。
通常の敷金はどう処理する?
敷金償却の特約がない場合、敷金は退去時に返金することを前提として預かります。そのため、敷金は一時的な「預り金」として扱い、勘定科目も「預り金」となります。この敷金は大家さんの利益にはならないため、収益として計上する必要はありません。
つまり、敷金償却がない敷金については収益計上する必要がないということです。敷金償却があるかどうかによって収益計上の仕方が異なるため、その点を正しく把握することが重要です。
敷金償却契約を結ぶ際に注意すべきこと
敷金償却契約はトラブルの原因になるケースも多いため、慎重に行わなければなりません。
特に注意するべきポイントは、次の3つです。
- 償却金額まで契約書に明記する
- 償却金を高く設定しすぎない
- 礼金などその他の支払いも考慮する
それぞれ解説します。
償却金額まで契約書に明記する
敷金償却は基本的には有効ですが、契約書にその内容が明記されていない場合、無効になる可能性があります。そのため、敷金償却の特約だけでなく、具体的な償却金額を契約書に記載することが非常に重要です。金額を明記することで、賃借人が契約時にその条件に同意したとみなされ、後のトラブルを防ぐことができます。
さらに、借主に対して償却金額についてしっかり説明することで、契約に対する理解が深まり、トラブル予防にもつながります。
償却金を高く設定しすぎない
却金が常識の範囲を超える高額で設定されていると、たとえ契約書に記載されていても特約が無効になる可能性があります。これは、貸主が借主との情報格差や交渉力の差を利用して、「借主に一方的な不利益を与えている」とみなされるためです。
一般的には、償却金が家賃の3.5カ月分を超えると高額と判断されることが多いので、それ以下の額に設定することが望ましいでしょう。
礼金など他の費用も考慮する
敷金償却は、償却金だけでなく他の支払いも考慮して妥当かどうかが判断されます。例えば、礼金を受け取った上でさらに家賃の3.5カ月分の償却金を差し引いた場合、敷金償却が無効とされる可能性もあります。
そのため、礼金など他の費用とのバランスを考えて償却金を設定することが重要です。もし償却金を高めに設定するなら、礼金を徴収しないといった工夫をするなど、適正なバランスを保つことが求められます。
敷金償却を理解することでトラブル回避につながる
敷金償却の特約があれば、敷金を全額返金する必要はありません。ただし、償却金額を契約書に明記していなかったり、金額を高く設定しすぎたりすると無効になる可能性があるため注意が必要です。特に契約書の記入漏れなどを防ぐためには、契約書作成ツールの活用も検討しましょう。
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